「優しくなりたい」の思いが空回りしないために〜「慈悲」と「愛」の違い〜

「こんなにあなたのことを考えているのに…」

「こんなに、あなたのことを心配しているのに…」
と言って、やるせない思いをぶつけるような場面があります。
「心配」やら「思いやり」やらが、相手にいい形で届かず、
時には相手にとってはただの「ウザい事」だったり、「過度な干渉」となってしまう事もありますから、
とかく私達の「思いやり」や「心配」は、空回りしてしまうことがあります。

他人のことを心配したり気をもんでいると、それだけでもかなりエネルギーを消費します。
精神的なエネルギーって、他人に向けるとかなり消耗するものです。
他人の心は見えませんし、自分の思い通りにもなりませんから、そんな他人の心に対して、
「どうしたら…」「こうなったら…」「大丈夫かな…」
と、考えたり悩んだりするのは、意外に莫大なエネルギー消費になっているものですね。

それだけ疲弊していると、その「思い」に対して、相手が全然応えてくれないとなれば、
その徒労感は相当なものとなってしまいます。
それで例の、
「こんなに、あなたのことを心配しているのに…」
という名セリフが出てくるわけです。

「他人に対して向けた思いが、空回りすることなく、相手にとっても自分にとっても善い結果を生み出してゆく」
これを実現させるには、ただやみくもに「思いやり」や「心配」を相手に振りかざしていては、叶わないのですね。

仏教に「慈悲」という言葉があります。
この課題を乗り越えるために、この教えは大きなヒントになるでしょう。
この「慈悲」に似た言葉として「思いやり」とか「優しさ」とか「心配」とか、色々ありますね。
どれも私達の「心」ですが、「その心の中身は何か?」と言われると、ちょっとあいまいな気がします。
「慈悲」は、「慈」の心「悲」の心、それぞれに意味がありまして、
「慈」は、苦しみを抜き取るという「抜苦」という意味、
「悲」は、楽しみを与えて幸せにするという「与楽」という意味です。

「抜苦与楽」というのが「慈悲」の意味なのですが、この「慈悲」の心を実現させるためには、
相手が抱えている「苦」を的確に察知することがまず必要となります。

たとえ目の前の人が苦しみのどん底の中にあっても、
その苦しみを的確に「察知」できなければ、慈悲の実現にはなりません。
そして「苦しみ」というのは「心」の問題なので、目に見えないのですね。
ですが「心」は必ず何らかの形で外に現れるものですから、
表情、仕草、目の色、言葉の端々…
色んな所に気を配ってよく観察すれば、察知することは出来るはずです。
その為には、相手を冷静に観察できなければなりません。

自分の感情に身を任せてしまっている時、
自分の言いたいこと、自分のアピールしたい事に夢中になっている時、
自分が恥をかかないように、とにかく自分を守る事に精一杯の時、
これらはいずれも「冷静に観察する視点」を欠いてしまっている状態と言えます。
そんな時は、たとえ相手の表情にモロに「苦悩」が表れていてさえも、なかなか気付けません。
「絶望的に観察力が低下しているモード」
これは、誰もが陥ることのある、かなり残念な状況です。
そんな時は、まず冷静になる所からスタートですね。

「愛」と言うべきか、「愛欲」と言うべきか…

「慈悲」とか「優しさ」といったら、何か感情的なもののようなイメージがありますが、その「感情」がなかなか曲者なのですね。
私達の他人に対する感情を仏教では「愛欲」と言われます。
「愛」と言えば、世の中ではとても綺麗なものとされています。
「家族愛」や「男女の愛」などは、映画やドラマなどでとても美しく描かれ、それがまたとても胸を打ちますね。
かくいう私も、そういうストーリーを観るのは、やっぱり好きです。
そんな、ある意味この世で最も美しいものとされるような「愛」について、
仏教ではその「愛」の後に「欲」という言葉を付けて、「愛欲」と呼ばれるのですね。
本当に…「欲」が付くだけでニュアンスがえらい変わりますね。
「愛」だけならば、美しく高尚なものですが、
「愛欲」となると、なんとも身も蓋もない感じがします。
これは「煩悩」の中の「欲」の一つで、「人」に対する欲望を「愛欲」と呼ばれるのですね。

異性であれ同性であれ、私達は好意を抱いた相手に対して強い「執着」を起こします。
とにかくその「相手」に、とことん拘って、
その相手が自分をどう思っているのか、
好感があるのか、嫌悪感になっているのか、
これが最大の関心事となり、まるでこの世で最も大切なモノのように思えます。
そうなると、それ以外のことが、どーでもいい…はさすがに極端ですが、場合によってはそれぐらいにさえなりますね。
相手の気持ちや感情の重要度が、うなぎのぼりにアップして、
それとは裏腹に、それ以外の事の重要度は相対的に低下します。

人に対する強烈な執着により、こんな風に価値のバランスが崩れ始めると、
下手をすれば「何も見えない」状況に陥ってしまいます。
まず「周囲」は見えなくなります。なにせ、周囲の様々な事の価値が大きく下がっていますから。
じゃあ、執着を向けた「相手」のことは、よく見えるようになるのかというと、これがそうでもないのですね。
「執着」は、いわば「自分の都合」の表れですから、相手を観察する目には、「自分都合」が深く入り込んでおります。
そんな「目」でどれだけ相手を凝視しても、見えるのは自分の生み出した「幻想」ばかり。
何一つ実態を観ることは叶わなくなってしまいます。

そんな「目」で、相手の苦しみを的確に察知し、把握して、その苦しみから解放されるような手を見つけてゆく…
という「慈悲」がまともに働くことは期待できません。
「愛欲」という感情を相手に向けることが、必ずしも相手に対する「慈悲」の実践になるわけではないのですね。

もちろん私達は人間ですから、「愛欲」を離れて生きてはゆけません。
また、そんな人に対する欲望が、色んな努力を続けてゆける源泉となる事も事実です。
ただ、その「愛欲」が突出し過ぎて、価値のバランスが大きく崩れると、たちまち「惑い」と「空回り」の連続に陥りますから、その危うさは無視できません。

「冷静になれ」ってよく言われるけど、どうなること?

「慈悲」の実践には「冷静な視点」が不可欠、という事をお話してきているのですが、
この「冷静な視点」ってのは、何なのでしょうか。
それについて仏教ではどのように教えられているのでしょうか。

仏教で大切にされる視点とは、「因縁を観る視点」です。
そしてこれこそ、最も冷静になれる視点と言えるでしょう。

これは、仏教が教える、「私の人生」に対する向き合い方であり、「私の人生」を観る視点です。
この「私の」というのが重要で、私達は、「私の人生」しか、生きることはできないのですね。
どんなに大事な人がいても、好きな人がいても、「その人の人生」を、私が生きることはできません。
「その人の人生」は、「その人」が生きるしかありません。
その身代わりに私がなることは、どうあっても叶わないことです。
「私」はあくまで、「私の人生」しか生きられない。
だから、私にとって最も大切な事は、「私の人生」です。決して「他人の人生」ではありません。

こう言うと、なんだか「自己中心的」とか「冷たい」考え方のように思うかもしれません。
「私にとって一番大切なのは『私の人生』」
だなんて、まるで他人をないがしろにしているように感じるかもしれません。

ですが、この「私の人生が最も大切」という原点に立つからこそ、
自分を取り巻く様々な人や物を、冷静にみる事ができるのですね。

先ほどお話した、「愛欲」が起こす「執着」が突出して、「一人の他人」が全ての中心になっている状況は、
まさにこの視点が崩れた状況です。
そうではない、あくまで私は、「私の人生」を生きている。
だから、最も大切なことは、「私がどんな人生を送るか」という事。
この原点に立つからこそ、バランスのとれた冷静な目で、周囲を観察することが出来ます。

「私がこれからどんな人生を送るか」
これはいわば、私の人生の「結果」と言えます。
そして、その結果を生み出すのが「因」「縁」、あわせて「因縁」と言われるものです。

「因」は、自分の「行動」のこと
「縁」は、自分以外の、自分をとりまく人や物などの「環境」のことです。

この「因」と「縁」とが自分の人生の「結果」を生み出していくのだから、
「自分の人生を大切にする」ということは、その「結果」を生み出す「因」と「縁」とを大切に選んでゆくという事です。
そうすると、自分にとってどれだけ好きで、どれだけ大切な人であっても、
その人は、私にとっての「縁」の一つです。
決してそれが全てではありません。
私の人生を生み出してゆく「縁」は、その他たくさんあります。
それらをないがしろにして、自分の人生の善い「結果」を生み出してゆくことは、できません。

このように「因」と「縁」と「果」をバランス善く観察する視点こそが、「冷静な視点」なのですね。
そして、そこに立つことから、はじめて「冷静な視点」で「縁」となっている「他人」を観察できます。

そして、その「縁」に対して、自分がとるべき「行動(因)」を見出すことができます。
この因縁の中で、最も「慈悲」を実現してゆく行動は何だろうか。
そういう「ベスト」を尽くすことが、この視点から初めて生まれるのですね。

「人に優しくなる」とは何か。
それは、ただの感情の高ぶりだけでは成立しないものです。
その出発点は、自分の人生を最も大切にする、という「原点」に立ち、因縁をみてゆくことなのですね。

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