「悪人」を理解すれば心がラクになる〜2つの意味での「悪人」〜

「悪い人」を前にあなたは…

あなたの目の前の人がもし、「悪人」だったら、どうしますか?

「えっ…この人、悪人だったの…
素敵な人だと思っていたのに…」

ショックを受けるでしょうか。
許せない気持ちになるでしょうか。
それとも、
「ああ…なんて気の毒な…」
という気持ちになるでしょうか。

ただ、ここで言う「悪人」という言葉はちょっと抽象的過ぎますよね。

どうでしょう。わりとすぐに「悪い人」の人物像をイメージできるでしょうか。
「サングラスをかけていて、金色のアクセサリーをジャラジャラ言わせてて、タバコを吸いながら、鋭い目つきで周囲を見ている人」
…なんてのは、ただの偏見ですね。
そんな風貌で心優しい人は、いくらでもいるでしょう。

「人を騙してカネを奪っている人」
こういうのは典型的な「悪人」でしょうね。

ただ「嘘をつく人」というだけでは、ちょっと微妙かもしれませんね。
「もう、嘘ばっかりついて…悪い人。」
なんて言っている時の「悪い人」は、なんだか違ったニュアンスがあります。
そんな「悪い人」呼ばわりだったら、ちょっとされてみたいという感じのやつですね。

「人に嫌がらせしたり傷つく言葉をぶつけて、面白がっている人」
「手をつけてはいけないお金に手をつけて、自分の懐に入れてしまう人」
「妻や子供に日常的に暴力を振るう男」
「あおり運転をしまくって、周囲に迷惑、危険を及ぼして悪ぶれる様子もな人」
こういうのは、本当に「どうしようもない悪人だな…」という感じがすると思います。
さらにそういう事をしていて、
「それがどうした?」と、悪ぶれる様子もなくふんぞり返っているのが、文句なしの「悪人」イメージですね。

目の前の、付き合いのある人が、実はそんな「悪人」だったとしたら…
それまで、自分には全然そんな様子を見せていなかった。
むしろ面白い会話で楽しませてくれたり、優しく接してくれたりしていた。
だけど実は、そんな「悪人」だったと知ってしまった。

…やっぱり、
ショックですよね。
許せない気持ちにもなりますね。
もう付き合いたくないと思うからもしれません。
いい人だと思っていたのに、とても残念な気持ちになると思います。

私たちが「悪人」を見たとき、または他人が「悪人だ」と知ってしまった時、
そんな反応を取るのが普通だと思います。

「悪い人」が現れる仕組み

そんな風に私たちが嫌悪感を抱くような「悪人」
その実態は、一言で言うと「都合の悪い人」なのですね。

「迷惑をかけてくる」
「傷つけてくる」
「お金や物や時間やら、何かを奪ってくる」

これは、私に「都合の悪い」人です。
関わると、自分が損したり嫌な思いをしたり迷惑を被ったりする。
だから極力、遠ざけたいと思う人ということになります。

逆に、「いい人」はその反対ですね。
すごく悪い物言いになってしまいますが、「都合のいい人」なのですね。
「いい人だ、この人」
の本音をさらけ出してしまったら、
「都合いい人だ、この人」
たった二文字入るだけで、驚くほど嫌なニュアンスの言葉になりますが…

だから、少なくともこの人間世界で、「万人にとって悪い人」もなければ「万人にとっていい人」もいません。
その人、その人の持っている「都合」が、それぞれまるっきり違いますから。
「都合」と言ったら、いわゆる物質的な利害打算のようなイメージがあるかもしれませんが、
そればかりでなく、感情的な「好き」「嫌い」「好み」なども含めてのことです。
自分に「心地よさ」をもたらしてくれる人もまた、自分に「都合いい」人と言えるのだから。

だから「悪い人」はあくまで、「私にとっての」悪い人という事になります。
「いい人だと思っていたのに…悪い人だった!」
この本音は
「都合いい人だと思っていたのに…都合悪い人だった!」
こんなことになってしまうのですね。
(本当に「都合」の二文字を入れるだけで、もうミもフタもない言葉になってしまいます)

ついつい私たちは、「人でも物事でも、常に自分の都合で見ている」という事実を忘れてしまいます。
ですが、「自分の都合」など一切入れる事なく、公平・公正な目100%で物事を見る
なんて事は、人間には不可能です。

「都合」というのは、仏教の言葉で言えば「煩悩」に当たります。
「煩悩」といっても色々な煩悩がありますが、その代表格が「欲」です。
私たちの心の内に渦巻いている「欲」が、色々なものを欲し、求めています。
いま、この瞬間もそうです。
もちろん、こんな文章を今まさに書いている私だって、そうです。
自覚する、しないに関わらず、私たちの心の内の「欲」という煩悩は、
一瞬も絶えることなく、
お金を、物を、人を、愛情を、承認を、親和を、楽を、心地よさを…
とにかく常に「何か」を求めずにいられません。
それが人間が「生きている」ということなのですね。

そうすると必ず、その「欲」を満たしてくれる存在と、その「欲」を妨げる存在とが出てきます。
どちらでもない存在は、まあ、その人にとっては「どうでもいい存在」という事になるのでしょうね。
だけどそんな中、
「この人、満たしてくれる!」
と感じられる「いい人」が現れますし、逆に
「いちいち、逆撫でする人だな…
この人は、奪っていくタイプの人だな…
人に迷惑かけても平然としているような人だな…」
と、「私の欲が妨げられそう!」というセンサーがビンビン反応する「悪い人」も現れます。

最初は「満たしてくれそう!」と感じたのに、後から「奪う人だ!」と変わった時が、最悪なのですね。
なぜなら最初に私の「欲」が煽られていますから。
「欲」は、一度「満たせそう」と察知した途端に、その勢いは激化し、より強く求めます。
そうやって煽られた「欲」が、同じ人から「妨げられて」しまう。
すると、煽られた「欲」が激しかっただけ、それが妨げられた「怒り」は、より激しくなります。

そんな風に、
満たせそうなら、「満たそう、満たそう」とよりその対象(人であれ物であれ)を求め、
妨げられそうなら、妨げる存在を、
「許せない」とか「悪だ」とか「迷惑なヤツだ」と言って、とにかく自分から遠ざけようとする。
まして、それでいて「それがどうした」とふんぞり返っているような者に対しては、
「私の欲を妨げておきながら、その態度は何様だ!!」(ホントは、そんなこと言ってる私が「何様」なんですが…)
と、ますます許せない。
私たちが「いい人だ」「悪い人だ」と言っているその実態は、こういうことなのですね。

いろんな理屈や綺麗な言葉を駆使して、「煩悩」の実態をオブラートで包んでいる状態なのですが、
その「本性」を暴いてしまえば、常にそんな「欲望」渦巻くのが私だということは否定しようもありません。

これが「煩悩」が渦巻き「都合」が支配している「人間」の実態だと、仏教では教えられます。
ちなみに仏教では、そんな「人間」全般ことを「悪人」と言います。
まったく、「悪人」の意味が、一般的な意味と違いますね。

人間を「悪人」たらしめる「惑い」とは

仏教では、「悪人」はすなわち「苦悩の人」だと言われます。
これは、仏教が人間をみるときは、都合でもなければその時代の価値観でもなく、
「因果応報の道理」に照らして、みるからです。

「因果応報(いんがおうほう)」
これは、行い(因)に応じた結果が、他ならぬ自分に報いるということです。
このように仏教では
「行い」は必ず、その行いに応じた「自分の運命」を引き起こすと教えられます。
これが因果応報の道理です。

ということは、「悪い行い」というのは、他ならぬ自分に「苦悩」をもたらす「因」であると言えます。
だから「悪人」は、間違いなく「苦しむ人」なのですね。

そして、「煩悩」こそが、その「悪い行い」をさせてしまう元になっていると言えます。

確かに、先程まで列挙したような「悪人」の所業は、全て煩悩のなせるわざです。
人を裏切ってまでカネをかすめ取ろうとするのも、
人に迷惑かけてでも自分のことばかり守ろうとするのも、
自分が満たされないと八つ当たりして他人を傷つけるのも、
「とにかく自分を満たさずにいられない」という「欲望」が激化した結果、出てくる行動と言えます。

そして「煩悩」の恐ろしいところは、この「因果応報の道理」を完全無視する「惑い」を起こさせるところです。
本当に自分が幸せに満たされたいのであれば、
そんな結果を生み出す「行い」に努めるしかない、というのが因果応報の道理です。
自分の行いに応じた報いしか自分には現れないのだから。

ところが、煩悩が激化し、欲望が燃え上がると、そんな因果応報の道理を無視して、
力づくでも、なんでも、とにかくすぐに「結果」だけを刈り取ろうとします。
「種」も蒔かずに「収穫」を得ようとするのと同じ愚行を、「煩悩」は犯させてしまいます。
これこそ、「煩悩」が引き起こす「惑い」です。
もちろん、そんな「惑い」から起こした「行動」は、因果応報の道理に狂いなく、自分にただ「苦悩」をもたらします。

このパターンに陥ったことのない人が、いるでしょうか。

人と人とを相対的に比較すればもちろん、「程度」の差は激しくあることは事実でしょう。
だけど、「煩悩」が「惑い」を引き起こし、因果応報の道理を無視した「暴挙」を成してしまう。
そして、他ならぬ自分が苦悩する結果となる。
このパターンは、万人に通ずる「悪人」の姿そのものです。

仏教で最も重視することは、その本当の意味での「悪人」を知るということです。
自己の本質を知らず、「悪人」たる実態を無視している事こそが、最も危険なことだからです。
道を誤らないための最善の道は、本当の「悪人」を知ることなのですね。

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