「人生に疲れる」原因を解明〜浪費を招く無知〜

私の「バッテリー浪費」の場面は

「圏外だと、携帯電話のバッテリー消費が大きくなってしまう」
というのを聞いたことがあるでしょうか。

「電波がつながっていないなら、むしろ消費が少ないのでは?」
とも考えられそうなのですけど、逆みたいなのですね。
電波が無いところでも携帯電話は一生懸命電波を探しているらしく、
そのためにいつも以上にバッテリーを消費してしまうそうです。

たしかに、無いものを探すって、すごい疲れますよね。
不可能なことを本気でやろうとすると、全身全霊を注がざるをえないわけですね。

圏外での携帯電話は、不可能なことを一生懸命やろうとして、
全力でバッテリーを消費して稼働している。
不毛で膨大な、エネルギーの消費が起こってしまっているのですね。
「だから、明らかに圏外の時は、機内モードとかにしたらバッテリー節約になりますよ」
というアドバイスがなされております。

これは携帯電話の話なのですが、
「不可能なことをやろうとしてしまって、ものすごいエネルギーの消耗とストレスの蓄積を生じてしまっている」
こういうことは携帯電話ばかりでなく、私たちの人生で多々起きております。

私たちが特にストレスを感じて、エネルギーを消費してしまう時って、どんな場面でしょうか。

私の場合、真っ先に思い浮かぶのが、パソコンの画面がフリーズした時です。
「あれ…?」
と気づいた時には、マウスをどれだけ動かしてもクリックしても、画面が動かない。
「あれ、あれ…?クソッ…何で…!!」
この瞬間のストレスがもう、MAXレベルなんですね。
特に、急いで何かの処理をしたいという状況に限って画面が固まってしまった、なんて時は最悪ですね。
ついつい、「なんとかならないのか!」と、一生懸命マウスを握って力んでしまうわけです。
本当はこれがいけないのですけどね…
だけど、反射的にこれをやってしまいます。

冷静に考えれば分かることですね。
一度フリーズしてしまったら、
マウスを握って力もうが、
どれだけの高速で何百回クリックしようが、
キーボードのEnterキーをどれだけ叩こうが、
画面を穴が開くほど睨みつけようが、
全くの無駄で、まさにエネルギーの浪費です。
ついでに端末機器の無駄な消耗でもあります。

・再起動できるなら、再起動する。
・強制的に電源スイッチを押して、一度電源を落とす。
・さもなくば、別のことでもしながら回復を待つ。

とるべき行動はこれぐらい、ですよね。
(そんなにパソコン詳しくないので、素人意見ですが。)

フリーズしてから、こういう適切な行動を取り始めるまでの間に、
「無駄なあがきと消耗」を重ねてしまって、
ストレスはMAXで、
エネルギーの消費は激しく、
デメリットでしかない行動をしてしまう。

問題は、こういう時間なのですね。
こういう時間が、今日一日にどれほどの損失を及ぼしているか、という話です。

ちょうど携帯電話が圏外で一生懸命電波を探して、限り有るバッテリーを激しく消耗してしまったようなものです。
身体的エネルギーも精神的エネルギーも、私たちの限り有る動力源です。
それが枯渇すれば、疲弊し切ってしまい、仕事も作業もおぼつきません。
たとえ無理してやっても、そのパフォーマンスは明らかに落ちます。

本当はもっとその「限り有る動力源」を意識して、有効利用すべきなのですね。
そうしないと、限り有る人生で、自分の本当に成し遂げたいことを達成せずに終わってしまうかもしれません。

そう考えるとなおさら、
「不毛で甚大なエネルギーの浪費」は避けたいものです。
まして、「パソコンがフリーズして意味のないあがきをする時間」なんて、1秒たりとも過ごすべきではないのですね。

「コントロール不可能なものを、全力でコントロールしようとしてしまって疲弊する」
という事を極力減らすことが、とても大切な課題だと言えるのです。

エネルギー浪費を引き起こす「無知」

「パソコンの仕組み上、そんな操作をしてもどうしようもない」
という事が、「画面が固まって動かなくなる」という場面以外にも色々とあると思います。
その仕組みに詳しければ詳しいだけ、そんな無駄な操作をしないので、パソコン操作にそんなストレスは伴わないでしょう。

だけど、仕組みをよく知らないと、
「そんな操作しても何にもならないのに…」
というようなことを、つい一生懸命してしまいます。
そして、全く思い通りにならない。
状況は全然、良くならない。
作業は全く進まない。
時間だけがどんどん過ぎてゆく。
イライラはどんどん蓄積されてゆく、
解決の糸口が見えず、真っ暗な絶望感に襲われる。

この「全く作業が進まない状態」です。
…本当に、イヤーな時間ですよね。
多かれ少なかれ、経験ないでしょうか。

一度、この「全く作業が進まない状態」に陥ると、
時間もエネルギーも、膨大に奪われてしまいます。
まるでブラックホールが発生したかのようです。

ちなみに、ブログを始めるときは本当に未知の世界への挑戦でしたから、
まず思ったのは、
「いかにこの作業中にブラックホールに陥らないか」
ということでした。
かなり慎重に、分かりやすい入門書を選んで、分かりやすいツールを使うように心がけて、
分かりやすいシンプルなやり方で始めることに留意しました。
最初から無理して高度なツールで高度なことをやろうとすれば、いつブラックホールに陥るか知れません。

そのおかげか、多少躓くことはあってでも、
想像以上にスムーズに進めることができました。
分かりやすいツールを開発してくれた方々に本当に感謝ですね。

疲弊を防ぐために最も知るべき「仕組み」とは

パソコンの世界では、パソコンの仕組みがその場の法則であり、
その仕組みに逆らった操作をしようとしてもどうしようもありません。

私たち一人一人の人生にも、そんな「パソコンの仕組み」のような、曲げようのない法則があり、
それを仏教では「因果の道理」と言われます。

パソコンの仕組みにも色々な因果関係があります。
だから、よく勉強すればするほど、ちゃんとした因果関係で成り立つ仕組みなので、より深く理解できるものです。
パソコンの知識に精通して操作の経験が豊かな人は本当に、頼もしいですよね。
きっと、パソコン世界の因果をよく理解して、それに則った行動をよく心得ている人なのでしょう。

同じことが「人生そのもの」にも言えるのですね。
人生の展開を左右する「因果の法則」があって、その因果をどれほど理解しているかどうかで、
極力迷うことなく、自分が心から望む未来へまっしぐら、進んでゆけるのか、
先の見えない迷路に迷い込んだり、一歩も動けずにただ疲弊してしまったりして、一向に前進できないのか、
大きく分かれます。

この「因果の道理」は、掘り下げれば掘り下げるほど、どこまでも深い「道理」なのですが、
それを最もシンプルに一言で表現すると、
「自業自得」
この一言に収まってしまいます。

「自業」「自分の行い」であり、
「自得」「自分が受ける結果」です。

「自分の行い」だけが「自分の結果」を生み出す。

「他人の行い」が「自分の結果」を造ることもありませんし、
「自分の行い」が「他人の結果」を造ることもありません。

だから、まず、
「自分の行い」に焦点を当てて、「自分の現実」を変えてゆく。
あくまでベースはここに置くべきなのですね。

この仕組みに反したことをしようとすると、
パソコンの仕組みを知らず、まったく的外れな操作をしてにっちもさっちもいかないように、
いたずらにエネルギーを浪費して、ストレスを溜め込んで、結局望む方向には一歩も進めなくなります。

ずいぶんシンプルなことのように思うかもしれませんが、
このシンプルな法則に、ついつい反したことをしようとしてしまうのが、私たちなのですね。
そしてたちまち、徒に疲弊して全く状況が好転していかない、「ブラックホール状態」に陥ってしまいます。

「クソっ…どうしてこんな時に雨が降るのか…」
「景気が良くなってくれたらなあ…」
「なんであの人は、自分を認めてくれないのか…」
「あの上司が、もっと合理的に考えてくれたら…」
「同僚たちが、もっと責任感をもって仕事してくれたら…」
「妻がもっと自分を理解してくれたら…」
「ブログのアクセス数がもっと上がったら…」←あっ

天気やら景気やら他人やら社会やら…
コントロールしようのないものをコントロールしたくなる気持ちがすぐに沸いてきて、
そこに神経を注いでしまって、疲弊することがどれほどあるでしょうか。

「自業自得」の道理に則ったならば、
「自分の行い」を変えて、「自分の現実」を変えてゆく。
まずそれをやらないと、何一つ「変える」ことは出来ないのですね。
突破口は、「自業自得」の道理の上にのみある。
あくまで「自分の行い」が「自分の人生」を造ってゆく。

だから考えるべきことは、

「雨の中で、私にどんなベストが尽くせるか」
「この景気の中で、私が出来る事は何か」
「まず自分で自分を認めて、自分が自信を持てる行動を重ねること」
「自分の出来る範囲の仕事の中で、どう周りに影響を及ぼしてゆけるか…」
「どんな人と一緒にいるように心がければ、自分のモチベーションは上がるか」
「家族や友人の思いに応えられる、自分の行動はどんなことか」

コントロールできるのは「自分」だけなのだから、
こういう「自分の行い」に、どれほど焦点を当てることが出来るか。
これが鍵となります。

そして、そうやって、「自業自得」に則り、「自分の行い」に徹底的にこだわった結果、
「周囲が変わり始める」
という事が起きてきます。

この「仕組み」を無視して、直接他人や周囲をコントロールしようとしても、空回りにならざるを得ないのですね。

電波のないところで携帯電話が必死に電波を探すように、
フリーズした画面で、必死にマウスを徒にクリックしてイライラしているように、
まったく的はずれなパソコン操作をして作業が進まず、ただ時間と気力を浪費しているように、

人生のこの「仕組み」を忘れてしまうため、
コントロールできないものを必死にコントロールしようとして、
因果の道理に反した的はずれな事に神経を注いでしまって、
「人生そのもの」が全く好転してゆかない、という状態に陥ってしまいます。

そんな危機に陥らないために、
そして、限られた人生の中で本当に成し遂げたいことを叶えるために、
「自業自得」の道理は、どれだけ自分の中に徹底してもし過ぎることはないことなのですね。