「なりたい自分」はこうやって作る〜「因」と「縁」が揃うとき〜

自分を好きでいられる時、いられない時

「自分はどんなキャラクターなのかな…」
ということを、時々考えることがあります。

周りをリードできて、楽しませることもできて…
「とにかくこの人といれば楽しいし、自分もいい方向に進めている気がする」
そんな風に思ってもらえるキャラクターでありたいとは思っています。
「楽しませつつ、リードできるキャラクター」
これが、目指したいと思っている理想のキャラクターなんですね、私の場合。

で、理想通りにいっていると感じる時もあれば、理想とは程遠い自分を見ることもあります。

私は普段、いろんなところで勉強会を行って、それを通して色々な人と関わっています。
その関わりの長さや深さはまちまちですけど、そういう人と関わっている間は、わりと理想に近い自分になりやすいと感じています。

ところが、ずいぶん前ですが、一人であるイベントに参加したことがありました。
そこでは会ったことのない人が圧倒的でした。
すると、当たり前ですけど、普段の自分は全然出せないのですね。
「他人が主催し、他人がリードしているイベントのいち参加者としてその場にいる。」
そういう状況に、意外に慣れていなかったようです。
そのため、どういう振る舞いが的確なのかを分かっていなかったフシがありまして、
「なんだかうまく溶け込めなかったなあ…」
という後味の悪さと共にそのイベントを後にしたのでした。

今にして思えば、普段、自分がリードしているような場とは全然違う場面なのに、
無理にその時のように振る舞おうという態度が、どこかにあったのではないかと思います。

よほど強烈なキャラクターがあって、すぐにその場の人を魅了できるような人なら、
あるいはものすごく有名な芸能人のような人であれば、
どこに行っても場をリードできるのかもしれませんが…
(ただ、それをやってしまうと主催者に失礼となる場合もありますよね)

普段の理想のキャラクターを出せている場とは「縁」が全く違う

ということを認識すべきだったということですね。
「縁」によって、出せる自分は全然違う
このことは、とても大切な教訓だと思います。

今でもたまに
「あのイベントの時、いち参加者としてどう振る舞うのが良かったのかな」
ということが考える時があります。
それはそのまま
「どんな自分を出すことができたのかな」
という反省でもありますね。

そんな時に、自分の勉強会に参加している参加者の方の振る舞いがとても参考になるような気がします。
特に、私が嬉しく思った言動は、お手本になるでしょう。

とても興味のあるキラキラした目で、色々と質問してくれたり
自分のした話にいつも食いついてくれたり
他の参加者のことも気遣ってくれたり

いち参加者としての私のどんな言動が、主催者や他の参加者にとって「楽しませてくれる言動」なのか
これは、普段の主催者としての言動と必ずしも同じではないでしょうね。

「なりたい自分」の因縁

「縁」によって、出せる自分が全然違ってくる
この事実を思う時、「理想とする自分」を出すことのできる「縁」が本当に有り難いなと感じるのですね。
「周囲を楽しませつつリードしてゆく自分でありたい」
その私の願望を叶えてくれるのは、そういう自分を出してゆける「人」たちの存在です。
それらの縁の中にある時に初めて私は、「理想に近づけている自分」を見ることができるのですね。

正直、そんな「縁」の中にいない時に「理想の自分」を出すのは難しいです。

ある意味、「お山の大将」的なところもあると思います。
ある限られた場でのみ、リーダー的な存在でいられるけど、それが、広い世間に出たら、全然通用しないところだらけ。

だけどそれを言ったら、どんなリーダーでもそうですよね。
万人に認められて導けるリーダーは、ちょっと考えにくいですよね。
どんなカリスマ的な人にもアンチは出てきます。

まして、よほどの才能の持ち主でない限りは、影響を及ぼせるのは小単位からです。
そこから少しずつ、少しずつ、広げていく努力をすることはできます。
そうやって、「理想の自分」を出せるフィールドは広がっていきます。

私がやっているのもまさにそんな感じです。
自分が確信を持って発信できる内容に興味を持ってくれる人を色んな方法で探して、「縁」を築いていった。
そして、その「縁」を大切に、そしてお互いより良い関係を作れるように努めてきました。
その結果、「なりたいと思える自分」を出せる環境に恵まれることができています。
「縁」を選び、「縁」を育むことによって、何より「自分」を築くことができるということですね。

だから、そうではない「縁」の中にいれば、同じようにはいかないのは当然かもしれません。
もちろん、色々応用することはできますし、それに近い関係性をそこでも作る努力はしていけると思います。

「なりたい自分になる」ということは、「自分」だけで完結してできるものではないのですね。
仏教では、「因縁が揃って結果は生じる」と教えられます。
「因」とは自分の「行い」
「縁」というのが、人や物などの「環境」です。
「因」だけあっても、「縁」だけあっても、結果にはなりません。
必ず「因と縁が揃う」必要があります。
両方が揃った時に、「なりたい自分になれた」という結果があるのですね。

どれだけ「自分の努力」という「行い」を重ねても、それだけでは「理想の自分」は出来上がりません。
必ず、そんな自分を出せる「縁」が必要となります。
「因」を積み重ねていくことと、「縁」を築いていくことの努力は、同時平行で行っていくべきなのですね。

「自分探し」の仕組み

今、あなたは誰といる時に「好きな自分」になれているでしょうか。
その人はきっと、あなたにとってかけがえのない「縁」と言えるでしょうね。

その人との縁を大切にし、よりよい関係を築くことで、もっと「なりたい自分」を築くことができることでしょう。

それと同時に、そんな縁となってくれる人はこの広い世界にどれだけいるか知れません。
数多くの出会いの機会を作ることは、そのまま「自分」の可能性を広げるということです。
あくまで「因縁が揃って」の「なりたい自分」ですから。

もしかしたら、自分でも知らなかった「なりたい自分」に気づかせてくれる「縁」もあるかもしれません。
いえ、きっとあるでしょう。
私にとってもそういう「縁」は数多くありました。

そういう「縁」との出会いはそのまま、「新しい自分」との出会いです。

そんな「縁」を選んで、大切にしていれば、自ずと「因」も伴ってきます。
なりたい自分を作る種は、そんな「縁」の中でこそ、どんどん蒔いていくことができます。
因縁はどんどん揃っていくことになります。

「なりたい自分」を目指す時に、常に意識すべきはこの「因縁が揃って結果になる」という道理です。
「自分」はあくまで「因縁」の結果である。
この認識に立つことから、着実に、最速で理想に近づけることができることでしょう。

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