※こちらは短編小説です。これまでのブログ記事で投稿してきているような、仏教哲学を語る文章を、AI技術の力を借りつつ小説風にアレンジしてみました。
あらすじ
京都の大学に通う好奇心旺盛な「しのぶ」は、大学からの帰り道にある「町屋カフェ—唯識—」の常連だ。マスターは仏教哲学「唯識」に精通した人物で、しのぶのどんな問いにも穏やかに答えてくれる。そのやりとりが楽しくて、彼女はすっかりこのカフェに通うのが日課に。閉店30分前、客が減って静かな時間が訪れる頃が、しのぶにとってマスターとじっくり話せるベストタイミングだ。今日もその時間を狙って、カフェの扉をくぐる。
京都の夕暮れが町並みを薄いオレンジに染める頃、しのぶは大学の講義を終えて、いつものように「町屋カフェ—唯識—」の扉をくぐった。店内は木のぬくもりとコーヒーの香りに満ちていて、客はまばら。カウンターではマスターが静かにカップを磨いていて、しのぶが入ってくると軽く会釈した。
しのぶはいつもの席に腰を下ろし、バッグを置くと早速切り出した。「ねえ、マスター。今日はちょっと悩みを話してもいいですか?」
マスターは穏やかに微笑んで、「もちろん、いつでも聞くよ。」とコーヒーを注ぎ始めた。
「私って実は、結構努力家なんです。」
マスターはカップを手にしながら、優しく頷いた。
「小さい頃は、それで何も問題なかったんです。頑張ってると周りの人も『えらいね』って褒めてくれたし。成績も上がったり、何かで表彰されたりして。でも、大人になってくると…なんか、周りの反応が微妙だったり、冷やかされたりすることも多くて。」
マスターはコーヒーを淹れながら、穏やかに相槌を打った。「たとえば、どんな風に?」
しのぶは少し眉を下げて続けた。「たとえば、『そんなに頑張ってばかりで、人生楽しいのか?』とか。頑張ってたら損するみたいなことを言われたり。まるで、素直な欲望に嘘ついて生きてるみたいに思われたりして…。」
マスターはカップをカウンターに置き、静かに頷いた。「分かるなあ。大人になると、『努力』そのものの価値を自分の中で保つのが本当に大変になってくると思う。成長するにつれて、『損だ得だ』とか、『勝った負けた』とか、そういう損得勘定や優劣感情がどんどん世の中で植え付けられていくよね。」
しのぶは目を丸くして身を乗り出した。「そうなんです!まさにそれ!」
マスターは少し遠くを見るようにして続けた。「そうすると、『努力してるのに損してる』とか、『努力しても勝てないことがある』って現実を前にして、『努力って何なのかな。一生懸命頑張ったって、意味ないのかな』って気持ちに押しつぶされそうになる。僕も会社でサラリーマンをしてた頃があったけど、周りの人がいつもぼやいてたよ。『頑張ったって、損するだけだよね』『頑張れば頑張るだけ、仕事押し付けられたり、責任負わされたりして余計しんどくなる』って。そうやって、努力することがみんな馬鹿馬鹿しいって思うようになってたんだ。」
しのぶは首を振って、「分かります…。私も最近、そういう気持ちになることがあって…。」と少し声を小さくした。
マスターは優しく続けた。「これは確かに、努力が評価されない環境にも問題はあると思う。でも、もっと根本的に、一人一人に『努力そのものの価値』を見出させていないって問題があるんじゃないかって思う。『どうして努力することが大切なの?』って質問に、『頑張ってたらいいことがあるから』なんて答えしか用意できないようでは、この切実な疑問に答えきれてないんだよ。」
しのぶは少し考え込んで、ぽつりと言った。「そうですよね。小さい頃は、大人や社会が『教育』って現場で努力をしっかり見ててくれて、いつも評価してくれた。でも、そのためにいつしか『褒められる』『評価される』『いい思いができる』って条件付きで、努力に価値を見る習慣がついてたのかも。大人になって、その条件が満たされなくなると、努力の価値を見失いかけてるのかもしれません。」
マスターは目を細めて頷いた。「その通りだよ。だからこそ、無条件に『努力』そのものに備わっている価値を僕たちはよく知る必要がある。」
しのぶは目を輝かせて、「無条件にある努力の価値…!本当にそんなことを、感じられるのですか?」と身を乗り出した。
マスターはコーヒーを一口飲んで、穏やかに話し始めた。「そこで今から、努力の極意を教えましょう。」
しのぶはパチパチと手を叩いて、「待ってました!」と笑顔を見せた。
「よく聞いて。努力の極意。それは…努力しないことだ。」
しのぶは一瞬目を丸くして、すぐに眉を下げて突っ込んだ。「もう、そういうの、いいですから。」
マスターは笑いながら手を振った。「はは、ごめんごめん。もう少し言葉を足そう。『努力しよう』と力む必要がなくなることだと言ったら、どうだい?」
しのぶは少し考えて、「力む必要がない…つまり、自然体で努力ができるってことですか?」と首をかしげた。
マスターは頷いて、「いいね、かなり核心をついてる。実は、今の世界観のままでは、『努力する』ってことがすでに無理のある『力み』を伴うことになってしまってるんだ。今から努力するとなれば、『えいやっ!』って力んで、肩肘張って、何かに取り組み始める。これは、心が重すぎる状態なんだ。」
しのぶは首を振って、「確かに…。頑張ろうって思う時、なんか気合入れすぎて疲れちゃうことあります。」と共感した。
「そうだろう? 人の目とか、損得とか、好き嫌いとか、将来の不安とか…この世で生きれば生きるだけ、そういう心を縛るものがどんどん増えてゆく。そうすると、心が重苦しくなるんだ。」
しのぶは少し目を伏せて、「分かります…。最近、頑張ろうって思うたびに、『失敗したらどうしよう』とか、『周りにどう思われるかな』って考えて、余計にプレッシャー感じちゃって…。」と呟いた。
マスターは優しく頷いて、「その通りだ。じゃあ、身軽になって、人との関わりを減らせばいいのかって話になるかも知れないけれど、努力するためにそういう不自然なことをするのも、なんか違うと思わない?」
しのぶは首を振って、「うーん、確かに…。それじゃあ、なんか逃げてるだけな気がします。」
「そうなんだ。じゃあ、今の環境のままで、『世界観』そのものを変えるってどうだろう。これが心が軽くなるための仏教の教えで、『唯識』って世界観はまさにそれを教えてるんだ。」
しのぶは目を輝かせて、「唯識! 前にも教えてもらいました! 世界が『ただ識のみ』ってことですよね?」と手を叩いた。
「その通り。いかにも軽快になれそうな世界観だと思わないかな?」
しのぶは少し首をかしげて、「そうですね…。でも、『ただ識のみ』って、どういう風に軽快になるんですか?」と尋ねた。
マスターは穏やかに話し始めた。「『識』ってのは心のことを指すんだけど、簡単に言えば『認識作用』って意味になる。ここで大事なのは、心を『作用』として捉えてるって点だ。普通、『心』って言葉を聞いたら、目には見えない、触れられもしない、だけど何らかの実体が肉体かどこかに宿ってるってイメージになりがちだよね。」
しのぶは首を振って、「確かに…。心って、頭の中か胸の中にある何か、みたいなイメージあります。」と呟いた。
「そうそう。それは『心』って言葉から、頭の中でイメージ化されるような『心』だ。でも、そんな観念上の世界と違って、この生の現実の中では、心ってそんな実体じゃなくて、ただ『作用してる』ものだと言えるんじゃないかな。」
しのぶは目を丸くして、「今、マスターのお話が進むにつれて、いろんな心が起きてますね。確かに、作用してるって感じがします。」と頷いた。
「そうだね。僕が次々と新たな言葉を発するに伴って、君の心は新たに作用し続けてる。この現実の中の心は、そんな瞬間ごとに新たに起きてくる作用の連続だって言えるんだ。その『作用』のことを『識』って言うわけ。それが一瞬ごとに変化し続けていくから、そんな識の状態のことを『識の転変(てんぺん)』って言うんだ。『転』も『変』も、変化を表してる。じゃあ、どんな『変化』が識には起きているかというと…覚えてる?」
しのぶはピンときたように手を叩いて、「覚えてますよ! 『相分』と『見分』が現れてくるんですよね!」(前話参照)
「その通りだね。識は、必ず『内容』を持って働くわけだ。『相を帯びて、識は働く』って言い方をするよ。何を見て、何を聞いて、何に触れて、何を思うのか。その対象となる内容のことを識の『相分』って言うんだ。大事なのは、その内容が、心を離れた外界にあるんじゃなくて、識の作用自体が自ら作り出してるってところ。識が自ら作り出した『相分』を、自ら捉えてる。この捉える作用のことを『見分』って言うんだ。」
しのぶは目を輝かせて、「そうそう、前もマスターが言ってました! 目の前のコップも、私が作った相分なんですよね。」とコップを手に持ってじっと見つめた。
「その通り。『識の転変』ってのは、まさにこの『相分』と『見分』が現れてくることなんだ。そういう変化が一瞬ごとに起きてくる。今の識の作用は、今の相分を浮かべて、それを見分で捉える。でも、その作用はほんの一瞬限りで、次の瞬間にはまた新たな相分を浮かべて、それをまた新たな見分が捉える。そうやって、次々と、新たな識の転変が続いてゆくんだ。」
しのぶは首をかしげて、「でも…世界がそんな目まぐるしく作られてるようには、なかなか見えないですよね。」
「そうだね。本当は識の転変が連続して、世界は新たに作られ続けてるんけど、その連続に対して僕らは錯覚を起こしてるんだ。ちょうど昔の映画のフィルムみたいなもんだ…って、君の世代ではちょっと分からないか?」
しのぶは首を振って笑いながら、「いえいえ、フィルムぐらいは分かりますよ。なんか、暗いところで大きなテープみたいなのがクルクル回ってるやつですよね。」
マスターは目を細めて、「そうそう、よく知ってるね。あれは、一枚一枚描かれてるフィルムに光が当てられて、スクリーンにその絵が映し出される。そのフィルムが次々と新たに光の前に現れて、一瞬ごとに新しい絵がスクリーンに現れ続けてるわけだ。でも、それを見てると、観客はそんな風には思わない。たとえ仕組みを知ってても、『一つの映像』って錯覚してしまうんだ。」
しのぶは頷いて、「なるほど…。私たちも、識の転変を一つの連続したものって錯覚してるってことですね。」
「その通り。僕らは、識の転変によって新たに作られ続けてる世界を生きてる。でも、それに対して錯覚を起こして、一つの仕事、一つの勉強、一つの雑用、みたいな感じで、固定化した実体をいくつも作ってる。そういうものに、心はどんどん縛られていくんだ。『嫌な会社』『嫌な人』『嫌な場所』とか、逆に『好きな店』『好きな人』『好きなイベント』とかね。どちらにしても、それらは僕らの心を縛ってしまう。そうして、心はどんどん重くなってしまうんだ。」
しのぶは少し目を伏せて、「分かります…。私も、『この課題終わらせなきゃ』とか、『この人には嫌われたくない』とか、そういうのに縛られて、頑張ろうって思うほど重くなることあります。」
マスターは優しく頷いて、「そうだろう? だからこそ、『識の転変』って世界の真相に向き合うことで、僕らの心は大きく変わっていく。今のこの瞬間の識の転変こそが、まさしく今の私の現実。そんな風に識の転変に向き合ったならば、『今、何を為すべきか』ってことが自ずと見えてくるんだ。そこに、どんな思いを抱き、どんな行動をしてゆくのか。そういう最善の選択が、自ずと見出せるようになってゆく。」
しのぶは首をかしげて、「それって、どうしてなんですか?」と尋ねた。
「なぜかというと、まさにこの識の転変に向き合ってる状態が『自然体』だからなんだ。心が、色々なものに縛られて囚われてない。識の転変の世界、心を縛るような『実体』が存在しないから。」
しのぶは考え込みながら、「そうか、心が何かに執着して縛られるのは、そこに『実体』を見ているから…。」
マスターは穏やかに続けた。「その通りだね。『心が縛られる』ってのは、対象が固定した『実体』だからこそ成り立つことなんだ。たとえば、『嫌な会社』って実体が頭の中にあるから、『会社に行きたくない』って縛られる。でも、あらゆる対象が『転変してゆく識の連続』だとしたらどうだろう? もはや心が縛られようがないんだ。」
しのぶは少し考えて、「確かに…。縛られようにも囚われようにも、その対象はもう目まぐるしく変わっていきますもんね。」と呟いた。
「その通り! だから、心は縛られることなく、囚われることなく、解放されて軽快になる。そうなった時、僕らは本当の意味での『自然体』を取り戻すことになるんだ。だから、自ずと『今、何を為すべきか』が見えてくる。そして、その実践が自然と現れてくる。」
しのぶは目を輝かせて、「なるほど! それって、努力が自然にできるってことですね!」と手を叩いた。
「そうなんだ。しかも、それが一瞬ごとに新たに続いてゆくのだから、まさに一瞬一瞬の現実ごとに、自然に精一杯の実践が現れるようになってくる。しかもそこに無理な力みもない。」
しのぶは頷きながら、「うん、わかる。すごく理解できる。理解できるけど、なんというか…高度ですよね。唯識の世界に向き合うってところが。」
マスターは微笑んで、「そう、ある意味、努力のしどころはそこなんだよね。唯識の世界を深く理解して、その理解に則って現実に向き合い、よく思考してゆく。これが習慣づいた時、努力の精神は、ごくごく自然なものになってるはずだ。」
しのぶは少し考え込んで、「努力が要らなくなるまでが、大変かも知れません。だけど確かに、努力すること自体がとても自然で無理のないものになることはよく分かります。そうなれたら本当に、すごいな…。」と呟いた。ふと、思いついたように、「あ、じゃあ結局のところ『努力そのものの価値』ってどういうことになるんですか?」と尋ねた。
マスターは穏やかに答えた。「それはね、やれば自然と実感できるよ。」
しのぶは眉を下げて、「そりゃあ、やりますけど。ちょっとぐらい教えてくれません?」と突っ込んだ。
マスターは笑いながら、「はは、せっかちだな。じゃあもう少しだけ『価値』って観点で話を掘り下げよう。僕らは日頃、どんなものに価値を感じてるかというと、この唯識って世界から歪めて作り出した『実体』の一つ一つに対してなんだ。お金に価値がある、物に価値がある、場所に価値がある、といった具合に。」
しのぶは首を振って、「確かに…。『いい成績を取る』とか、『いい会社に入る』とか、そういうのに価値があるって思ってました。だけどそれって、心がそれらに執着して縛られてもいるんですよね。」
「そういうことなんだ。ところが、唯識の世界に向き合って、努力していく一歩一歩には、もっと根本的な価値があるんだ。」
しのぶはピンときたように手を叩いて、「そうか、その心の束縛から、一歩ずつ解放されてゆく、そういう価値なんですね!」
「そうだね。そういう実感が一番分かりやすいだろうね。心が軽快になってゆくって変化。そこに価値を感じられれば、まずは十分かも知れない。」
しのぶは首をかしげて、「なんか、含みのある言い方ですよね…。まだまだ、価値の一端でしかないってところですか?」
マスターは頷いて、「まあ、そう言うことになるのだけど。その一歩一歩が向かう先には何があるのか。それが分かれば、よりその価値は明確になるね。」
しのぶは目を輝かせて、「それって何ですか?」と身を乗り出した。
「それが『悟り』なんだよ。」
しのぶは一瞬目を丸くして、「また、途方もない話になってきましたね。だけど知りたいです。『悟り』って仏教ではすごく大事なものだってことは分かります。だけど、それって何かと言われたらちょっと分からないですよね。」と呟いた。
マスターは時計を見て、「今日はもう遅いから、詳しいことはまた別の機会にしたいと思うけれど…。一言で言うなら、この唯識って世界観を、もう決して見失わなくなることなんだ。」
しのぶは首をかしげて、「見失わなくなる…って、どういうことですか?」
「今は、こうして話を聞いて理解して、その理解で物事を考えられてる間だけ、唯識って世界の真相に向き合っていられる。でも、それはまだ不完全で、ずっとそうしていられるわけじゃない。すぐに元の『実体』のひしめく世界観に戻ってしまう。そこでまた、努めて唯識の世界観に立ち返る。だけどまた世界観が歪んでくる。その繰り返しが現状だと思う。」
しのぶは少し目を伏せて、「はい、このカフェを出てしばらくしたら、今のこの感覚も続かないかも知れません。」
マスターは優しく続けた。「それはね、これまでずっと唯識の世界を知らず、『実体』のひしめく世界ばかりに向き合って、そこに縛られて生きてきた。そういう習慣は僕たちに深く根付いているからなんだよ。」
しのぶは首を振って、「そうですよね。そう簡単には離れられないですよね。そう考えるとやっぱり『悟り』って、遠いなあ。」
マスターは穏やかに微笑んで、「遠いと感じるのも自然なことだよ。けどね、それでも一時的にせよそのように世界の真相に向き合えること自体は、大きな価値に違いないんだ。誰が褒めてくれるか、何の得があるか、誰に勝るか、そんなことに関係なく、自分の生きる世界そのものに根本的な変化を起こせるって、大変な『価値』がそこにある。」
しのぶは目を輝かせて、「確かに…。今、話を聞いてるだけで、なんか心が軽くなった気がします。」
「そうだろう? そんな大きな『価値』を伴いながら、向かう先は『悟り』って最も大きな価値だ。そういう、惑いから悟りへって方向性が、自分の人生の中に見出すことができる。ここにこそ、唯識の教えに基づいた努力って実践の、本質的な価値があるんだ。」
マスターは穏やかに微笑んで、「君なら、その方向性を見失わずに歩いていけると思うよ。」
しのぶは目を輝かせて、「なんだか今日は、すごいことを知ったような気がします。人生の中に『方向性』が見出せるってところが、もしかしたら私に一番必要なことのような気がします。マスター、ありがとう!」
しのぶはカフェを後にして、夜の京都の通りを歩きながら、今日の学びを噛み締めていた。まだ肌寒い風、遠くの車の音…。「あれもこれも、私の識の転変なのか。」そんなことを思いながら、ずっと知りたかったことが少しだけ見えた気がした。条件も、付加価値もいらない、「努力」そのものの価値。それはもっと突き詰めれば「生」そのものの価値。そういうものに、今日、わずかなりとも触れられたんじゃないか。微かな手応えを感じながら、しのぶは家路についた。