イライラから1秒でも早く脱却する方法~「煩悩」を理解する~②

楽になれる思考パターン

「イラッ」としてしまう出来事は、日常の中で不意に起こってしまいます。
いつ、どこで、誰と、どんな摩擦が起きるとも知れないのが人間社会での生活です。
家族と生活していたら、なおさらです。
それも夫婦ともなれば、血のつながりもない他人です。

必ずどこかで摩擦が生じて、心のザワつき、イライラが起こることは止めがたいですよね。

私たちの課題は、いかにそれを引きずらないかということになります。
「引きずる」ぐらいならまだいいですけど、ひどい場合は時間と共に増幅して、ますます苦しくなる。
この負のスパイラルから1秒でも早く脱却することです。

私たちがどんな思考パターンを持つかによって、
イライラに拍車をかけ続けてしまうか、いち早くイライラから脱却するか、大きく分かれます。

思考パターン一つで、心の損失が何十倍、何百倍も違ってくるのだから、とても大切な問題です。

その思考パターンを端的に言えば
自分と相手との間に正義VS悪の構図を作ってしまい、イライラの感情を正当化し続ける思考パターン
自分も相手も「煩悩具足の凡夫」であることを理解し、その本質に目を向ける思考パターン
この2パターンです。

「正義VS悪」の構図は、前回で詳しくお話ししましたので、今回は「煩悩具足の凡夫」についてお話ししていきます。

「煩悩具足の凡夫」とは仏教の言葉です。
仏教で「人間」のことを「凡夫」と言いますので、「人間とはこういうもの」と仏教で教えている言葉が「煩悩具足の凡夫」ということです。

「具足」というのは、「それで出来上がっている」という意味です。

「ロウ人形」というものがありますけど、ネットで写真を見ると、「本物か?」と思うくらいによく出来ていますね。
若くて美しい女性のロウ人形。
やんちゃな少年のロウ人形。
おばあちゃんのロウ人形。
髭のおじさんのロウ人形。
老若男女さまざまな人の形をしたロウ人形があります。
だけどみんな、ロウですよね。
いろんな形をしているようでいて、モノはロウなのです。

いろんな形をしたロウ人形も、もれなく全部ロウで出来ているように、
いろんな顔・形・性格・能力・才能を持った「人間」も、もれなくみんな「煩悩」で出来ている。
それが煩悩「具足」ということです。

人間を構成しているものが「煩悩」
「煩悩」から手足が生えて歩いているのが人間。
「煩悩」が、それぞれいろんな姿・形をして生活しているのが人間。

これが「煩悩具足の凡夫」ということです。

これを理解することが、イライラから脱却していち早く楽になれる思考パターンの土台となります。

人間を構成している「煩悩」とはどんなものか、詳しくお話ししていきますね。

悩みは人それぞれ?万人共通?

「煩悩」って、聞いたことありますよね。
日常でも普通に使う言葉かもしれません。

字の意味から言えば「煩」は「わずらい」、「悩」は「なやみ」と読みますので、煩わせ、悩ませるものが「煩悩」です。

この写真を見てほしいのですけど。
「悩んでいる人」の写真です。

ちょっと想像してみてください。
この人はどんなことで悩んでいるのかな…?と。

想像しました?

どんな悩みを思いつきましたか?

お客さんからクレームが出てしまって、困った…
浮気がバレそうで、どうしよう…
借金が返せそうになくて、まずい…
昼ご飯に何を食べるか決められなくて、困った…
彼女からLINEの返信がなくて、心配…

いろんな「悩み」が思いつきますね。
きっとそれぞれ違った悩みを想像していることと思います。

人それぞれ、みんな違った悩みを抱えて生きていると言えます。
中には、一般の人にはとても理解できないような悩みもありますよね。

権力者は、世継ぎ問題で悩むと言いますが、あなたは共感できますか?
世継ぎのことで悩むなんてことは、多くの人にはないですよね。

「自分が勝ち取った権力や財産を、自分の血の繋がった子供に継がせたい。」
こういう悩みですよね。
そんな継がせるようなたいそうなものなんて無い、という人にとっては想像しにくい悩みだと思います。
むしろそういうモノが手に入らないことが悩みだという人の方が多いかもしれません。

一人一人、おかれた様々な状況の中で、本当に様々な悩みを抱えて生きています。

人間はそれぞれ、顔・形が違うように、心の内も様々なので、100人いれば100通り、1000人いれば1000通りの悩みがあると言えます。

そんな人それぞれ、違った悩みを抱えて生きていると言えるのですが、
その悩みの「源」は、万人共通して「これだ」と教えられているのが、「煩悩」なのです。

表面上、みんなそれぞれ違った悩みを抱えて生きているようでいて、その「源」は、実は万人共通して同じだということです。
その同じ源から、どんな形で具体的な「悩み」となって現れるのか。
その「現れ方」が、人それぞれ違うというだけなのですね。

「煩い」「悩み」の万人共通した源となっているのが「煩悩」ということです。

その中身について、お話ししていきますね。

「欲」で動く人間同士の複雑な絡み

「108の煩悩」って、聞いたことありますか?
煩悩は数にして108つあると言われます。
ネットで調べると、本当に108個の煩悩の一覧がズラーっと並んでいます。
なんだか難しい漢字の言葉が並んでいたりするので、「うわー」ていう感じなのですが。
その代表格が「欲の心」です。

だから普通「煩悩」と言ったら「欲望」の事を言っている場合が多いと思います。
「煩悩を刺激される」
「煩悩丸出し」
とか言った場合、欲望が露わになっている状態を言いますよね。

基本、人間は「欲」で動いている。
この認識には、そんなに異論はないのではないかと思います。
お互い、自覚ありますよね。
「他人のことは分からないけれど、少なくとも自分はそうだろうな。」
そんな感覚の人が多いかなと思います。

そんな「欲」で動いている私に、その欲が何者かに妨げられるということが起こります。
その時に沸き上がるのが「イライラ」なのですね。「怒りの心」であり、「欲」に次いで煩悩の代表格とされているものです。

自分の「欲」を基本的に満たしてくれる人ばかりに囲まれて生きていられたらいいのですけど、現実はそうはいきません。
他人もまた「欲」で動いていますから。
そんな人間同士の思いが複雑に絡み合っているのですから、どこかで必ずぶつかって、妨げられます。

その欲を妨げた相手がそのイライラをあからさまにぶつけられる場合は、露わな「怒り」となって燃え上がります。

しかし、相手によってはあからさまにぶつけられないこともあります。
立場のある人、影響力のある人、人気のある人が相手だと、非常にぶつけにくい。
そんなやり場のない思いがそのまま腹の中で渦巻いて、恨み、妬み、嫉みの心として残り続けることがあります。
そういう腹の中で渦巻く心を「愚痴(ぐち)」と言います。
これが煩悩の代表格の3つ目です。

「欲」「怒り」「愚痴」これが108ある煩悩の代表とされる3つです。

人間の引き起こす社会問題や犯罪は、全てこの3つのどれかから起きているはずです。

人間を「煩わせ」「悩ませる」、「煩悩」と聞いて、誰もがしっくり来ることと思います。

その始まりとなっているのが「欲」ですね。
ということは、「欲」がなければ「イライラ」という「怒り」はありえないわけです。
「欲」が妨げられたときに現れるのが「怒り」ですから。

「どうして?」の方向を変えると…

自分の「欲」が妨げられた時に現れるのが「怒り」

この構造をよく覚えておいて欲しいのです。
そして、イライラした時に、こんな問いかけを自分にして欲しいのです。

「いま私は、どんな欲が妨げられて、イライラしているのだろう?」

これで、だいぶ冷静になれますから。

実はこの問いかけをする時って、自分の心に目を向けている時なのですね。

反対に、「怒り」がいつまでも継続し、拍車がかかるのは、
自分は「正義」と疑わず、自分を省みることもなく、「悪」である相手へ心が向いている状況です。

「どうして、あの人はあんなことを言うのかな。」
「どうして、あの人はこういう気遣いを出来ないのかな。」
「どうして、あんな我が儘な態度を取れるのかな。」
「どうして、こんなに空気が読めないのだろう。」

相手に目が向いて、「どうして、どうして、なんで…?」とモヤモヤした感情が増幅していきます。
そりゃ、相手も煩悩具足の凡夫なわけですから、相手の「欲」がチラついて、余計に許せない気持ちになっていきます。

その「どうして?」と相手に対して抱いている質問を、自分に対して投げかけてみるとどうなるでしょう。

「どうして、私はあの言動に対してイライラするのかな…?」

イライラしているのは「私」なのです。他人ではありません。
「私」がイライラする原因が、他ならぬ「私」にあるのです。
その原因を考えてみるのです。

「どうして「私」は、こんなにイライラするのか?」

その質問を掘り下げると、

「私のどんな欲が妨げられて、こんなイライラが起こるのだろうか?」

ということになります。

相手も煩悩具足なら、自分も煩悩具足。
自分もまた、基本的に「欲」で動いているのです。
自分に目を向ければ、自分が妨げられた「欲」に気がつくはずです。

そして、気がつくのです。

「こんなにイライラするほど、私はこの欲を満たしたかったのだな。」

このように「自分」が見えた時に、とても冷静に立ち戻ることができるのです。
モヤモヤが、スーっと収まり始めるはずです。
相手を責めるでも、自分を責めるでもなく、自分の「煩悩具足」の姿に直面する。
「これが煩悩なのか…」
と、冷静に見つめ、落ち着きを取り戻すことができるはずです。

実はこれ、単に冷静になっただけではなくて、ここで大きな収穫を得ていることに気づくでしょうか。

「自分を深く知ることができた」
という収穫です。
これは非常に貴重な収穫なのです。
自分はどんなことを大切に思っていて、どんなことを満たしたいと願って生きているのか。
その自分の本質を深く理解できたことは、とても大きなことです。

実は「イライラ」というのは、それを知る手がかりでもあるのです。

だからこそ、「イライラ」が起こった時には、「どうして?」の質問を自分に対して発して欲しいのです。

逆に自分をイライラさせた他人のことを「どうして?どうして?」と考えたところで、なかなか収穫には繋がりにくいでしょう。
知ったところで、分かったところで、余計に腹が立つだけかもしれません。

そんなことを考えて悶々とするよりも、このイライラをきっかけに、「自分」に、「どうして?」の問いを投げかけて下さい。
それが、自分を癒すことにもなり、冷静になることにもなり、自分を深く知るという収穫にも繋がります。

その自分に目を向ける視点を持つために大切なことは、「煩悩具足の凡夫」を理解するということなのです。

次回は、「欲」「怒り」「愚痴」という煩悩の代表格について、より詳しくお話ししたいと思います。

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